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カテゴリ:ヨルダンの旅2011

  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の3
    [ 2011-11-09 04:52 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の2
    [ 2011-11-08 06:16 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の1
    [ 2011-11-07 05:06 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その3の2
    [ 2011-11-06 04:17 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その3の1
    [ 2011-11-05 07:49 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その2の2
    [ 2011-11-04 04:42 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その2の1
    [ 2011-11-03 14:43 ]
  • [番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その1
    [ 2011-11-02 07:38 ]

[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の3

次に、店を出て向かうはもちろんローマ劇場。本日二つ目のメインイベントですから。



実はこのとき既に雨は上がっておりました。良かったと言えば良かったのですが、「なんだよ、兄さん、言ってた事と違うじゃん」とちょこっとだけ思ったりして。でも、まだいつ降り出すかわからない様な状況でしたので、まあ良しとしましょう。

「ローマ劇場」とは言っても、街を歩いていれば外側からも見えるし、アンマン城に登れば中まで見えますからね、入ってもそれほどの感激は無いかもしれません。それに僕らは昨年、ジェラシュで同様の大きなローマ劇場の遺跡に入ってますから。あそこも最上段まで上ると高くておっかなかったなぁ。
その時の日記はこちら



でもせっかくだから入らなければ意味が無い。と言う事で1JD支払って入場します。中には伝統文化博物館もあるのでリーズナブルですね。

ジェラシュの遺跡と同様、異常に急で段差の高い石段が、かなりの高さまであります。滑って落っこちたり、興奮して落っこちて、また、そのとばっちりで命を落とした人は確実にいるだろうな、と思わせる危険な上段の観客席。そもそもこんな上まで登って行く事自体が大変だったろうに。もう少し安全性に考慮した作りに出来なかったのだろうか?などと、昨年と同じ事を考えてしまいます。いや、実際、上るのも大変ですが降りるのがまた大変。お年寄りでは最上段までは絶対に無理です。




しかし、2000年近くもの昔、どんな催しがここで行われていたのでしょうね。興味は尽きません。

続いて、伝統文化博物館へ。舞台の袖口の建物内に作られた博物館です。舞台の反対側にも同様の建物があるのですが、こちらはガイドブックに寄ると民族博物館との事。しかし、閉まっていて入る事が出来ませんでした。残念。伝統的な衣装が並べられていますが、色とりどりで本当にお洒落です。ちょっと和服にも通じる雰囲気もあります。不思議なものです。




次はお隣にある小劇場、オデオンへ。当時はコンサートの会場に使われていたらしい。なるほど、大きさ的に若手の芸人が漫才でもやるのに丁度良さそうな大きさです。ここなら今でも十分に使えるんじゃない?いやいや、2000年経っても使える建造物って、凄い話ですね。



と言う事で本日午後のメイン、ローマ劇場巡りはあっという間に終了。まだ時間にして午後2時過ぎ位です。うーむ、5時まではまだまだあるぞ。と言う事で目に留まった妙なカフェで一休み。コーヒーを飲みます。ぼーっとする事30分程。しかし、このお店、カフェのくせに甘いものが軒並み売り切れていて飲み物しか無い。実になっとらん。



こちとらくたびれて甘いもの取りたいんジャーイ。と言う事で、鳥の丸焼き屋の並びにあった、アラブの伝統的なお菓子を作っているお店にいってみる事に。

サウジではクナーファってお菓子がお気に入りで、アラブでは一番美味しいお菓子なのではないかと思います。これ、薄焼きの記事にカスタードクリーム、ココナッツミルクにチーズ等が挟まったお菓子でたっぷりとシロップをかけて食べるんですが、シロップかけなくても十分甘く、一緒について来るシロップは使わない事が多いです。で、こいつと、目に留まった鳥の巣の様なお菓子数種類を選んで、これまた2階の席で頂きます。これが美味ーい。甘いんですが、なんと言うかとっても美味しいです。特に鳥の巣が美味い。調べたらオスマリーエと言う様ですね。バターたっぷりでとても美味いのですよ、これ。僕の中ではクナーファは2番目に降格となりました。でもね、全部美味かったんですが、今まで食べたサウジのどの店よりも美味いんじゃないかと思いました。すごいな、ジョルダン。いやぁ、でもこれ、昨日のアラブ料理と一緒に日本のカフェとかで出したら絶対にウケるのに。なんで東京にはアラブ料理やお菓子の店が無いのでしょう?(あるのかもしれませんが、聞かないですよね。)



と言う感じで、アンマン最終日の予定も一通りこなし、この国を離れる時間も着々と迫ってくるのでした。

夕方5時前にホテルへタクシーが到着。渋滞しているから早めに発った方が良いだろうと言う事で、早めにやって来た模様。いや、実はそれも見越して早めの5時に呼んだんですけどね。まあ、いいや。と言う事でホテルを発ちます。仕事の仲間とはココで別れます。そして空港へ。

確かに街中はかなりの渋滞でしたが、結局街を離れると空いていて、しかもタクシーの運ちゃんが飛ばすもんだから、やけに早く到着してしまいました。大体5時半くらい。フライトが8時半なので3時間も前に着いちゃった。と言う事でとっととチェックインを済まし、出国しちゃいます。それで後は免税店などを見ながらボーッと過ごす訳です。時間にしてボーディングまでまだ2時間近くあるわけです。こういう時間が一番苦手です。まあ、それでも時間はいつかやって来る。ついにジョルダンとも別れのときです。

サヨナラ、ジョルダン。きっとまた来るからね。そして、まだ見ぬレバノンに、期待と不安を感じつつ約一時間のフライトとなったのでした。(短か!)

つづく

[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の2

考古学博物館では発掘された様々な品を見る事ができます。例えばコイン。2000年以上昔に既にお金の概念があり、しかも既にかなり高品質なコインが使われ流通していたという事実を知り、驚くことしばし。精巧に作られたガラス製の器などもとにかく驚きの連続です。当時のこの辺りがどういう状況で、その時ヨーロッパやアジアはどうなっていたのか。思い起こせば高校時代、世界史は苦手で嫌いな科目の一つでした。(基本、暗記物は大嫌いだった、ってのは怠け者の証拠ですね。)でもね、こうやって眺めるとなんて興味深く面白いのでしょう。当時、この楽しさを知る事が出来ていれば、きっと、もっともっと一生懸命勉強していたのだろうな。なんて、あれこれ考えてしまいました。

でも、なんの為に勉強するのか、その意味を教えずに知識だけ詰め込んで何になるんでしょうか。こうやって世界を巡っていれば、その分野の教科に対しても自然と興味が涌くものですし、知識を貯える事のその楽しさも知る事が出来ると言うのにね。まあ確かに、何も考えずに黙々と勉強して知識を貯えておけば、後々、それが生きて、いろいろな場面で役に立つかもしれないし楽しめるかもしれない、そんな事もあると思います。でもねえ興味の持てない物を詰め込んでも、40まで記憶に残っていたとも思えないのですよねぇ。僕はそんなに素直な子供ではなかったのですし。

さらに博物館を見ていると、石器や土器、なんだかよくわからない泥人形の年代が1万年から100万年なんて数字に。ええー、そんな昔から人間ていたんだっけ?いや、100万年の歴史の内、ガラスや金属を加工して物を作る様になったのなんて、ここ、ほんの二千年から千数百年程度ってところなのね、と言う事実を改めて感じてなんか不思議な感慨が。言うまでもない事ですが、人間の歴史のその殆どが原始生活で、後半のほんのちょこっとから放物線を描く様に急激に発展して今の生活があるって事なのですね。うーん、こういう事も実際にこういう物を目にして初めて実感するものなんです。勉強ってこんなにも楽しいのにね。と二十数年前の僕に言い聞かせてやりたい気分です。



しかし、とにかく昔の人々の知恵は素晴らしいものがあります。満遍なくもしょうもない知識を詰め込まれた現代人と、一つの事に徹底的に精通している中近世以前の人々と比べて、一体どっちが幸せで凄い事をしているのだろう?なんてあれこれ考えてしまうのでした。

さて、そうこうしていると何やらお天気が怪しくなって参りまして。パラパラと降り出したかと思うと、急激にザーっと来てしまいました。丁度旨い事、屋根のある遺跡を見る直前の出来事で非常にラッキーだったと言えましょうかね。いやあ、しかし、サウジに住む事1年半あまり。雨が降る事すら忘れてしまっていましたからね。天気の事なんか全く考えておりませんでしたよ。まさか雨が降るなんてね。そう、ここはヨルダン、当たり前ですが、サウジと違って雨が降るときは降るんですね。(いや、サウジだって降る時は降るか。)

雨が上がるのを待ってしばし雨宿り。ぼーっと雨を眺めているのも悪く無い物です。まあ、10分もしたら行ってしまいましたので、そう言える訳ですが。



相変わらず呆れてモノも言えない程ばかでかい旗。ギネスに申請するも却下されたらしいです。ちなみにサウジの旗はココ。



これにてアンマン城巡りは完了。今日の目的の一つを達成しました。と言う事でチェックアウトのためにホテルに戻ります。戻りは来た道と逆側をまわって行きます。地図では同じ様に見えた道のりですが、なぜか行きよりもだいぶ長く感じました。そしてホテルへ到着。荷物をまとめて12時直前にチェックアウト、タクシーの時間まで荷物は預かってもらいます。

続いてはローマ劇場です。が、その前に腹ごしらえを、とローマ劇場横のただいま工事中の広場の向かい辺りにある、現地の人達で賑わう鳥の丸焼きで有名なお店へ行ってみる事に。実は、先ほどの帰り際に通りかかり、鳥の丸焼きがずらっと並んで、じっくり焼かれているそのお店に、非常に興味を引かれていたんですよね。ガイドを見たら、そこが地元でも評判のお店だと言う事がわかったと。

いざ、お店へ。

と、その前に大きな障害が。ホテルを出ようとすると、フロントの兄ちゃんに引き止められました。「こんな天気の中、どこへ出て行くつもりなの?」と。慌てて外を見ると、なるほど先ほど上がったと思っていた雨がとんでもない大降りに。ええーどうしよう。傘なんて持って来ている訳が無い。だって、雨の事なんかこれっぽっちも考えていなかったものね。で、兄ちゃんに訊いてみる。「傘ある?」あるわけ無かった。やはり彼らにしても雨は珍しいらしい。サウジ同様、傘なんて持って無いのが普通なんですね。

困ったぞ、どうしよう。「どうせ直ぐに止むんじゃないの?」と訊いてみる。兄さん頭を横に振って「ノー」だって。普段降らなくても降るときはまとめて降るって事なんでしょうね、きっと。「いやいや、そりゃぁ、困ったぞ。」で、さらに訊いてみる。「傘って近くで売っていないのかな?」すると、兄ちゃん、ホテルの横で商売しているお店のおっちゃんに向かって突然大声で声をかける。サウジの街でもそこら中で聞くあのセリフです。「ムハァンムワァッドッ!!!」そこら中モハマッドさんやアハマッドさんだらけなので、取りあえず声をかけるときは、こう呼ぶのでしょうか、やたらと聞くセリフなのですね、これ。そして、何やら大声でお願いしているようです。そして数分もすると黒い傘が二本届けられたのでした。一本5JDなり。日本での値段と変わらないと言う事はかなりの贅沢品なんだと見た。でも、一応この国にも傘はあるらしい事がわかりました。

こうして傘をさして雨の街へ出陣です。しかしなんと、というか、やっぱりというか、傘をさしているのは我々日本人二人だけ。殆どの人はパーカーのフードを被って走ったり、軒先で雨宿りしています。本当に傘って誰も持っていない物なのね。ふざけて僕らの傘に入って来てにっこり笑っている子供達までいます。いやあ、可愛い物です。

そうこうして、雨の中、鳥の丸焼き屋に到着です。これまた、素敵なお店でして。

いやあ、なるほど、ジャパニーズな我々観光客が入るには実に躊躇われてしまう程に、実にローカル色溢れるお店です。そうだな、日本で、下町の一杯呑みの赤提灯に白人カップルが入って行く様な、そんな感じの違和感かな、多分。それでも勇気を出してお店へ入ります。すると今はサラータイムだからちょっと待ってくれとの事。おお、サウジでもないのにサラータイムに店閉まるのか?と思ったら、サラーが終わるとゾロゾロと店員さん達が戻ってきます。なるほど、皆さんお祈りしていたらお店は機能しませんよね。サラー中は全ての店が強制的に閉まるサウジとは違って、ジョルダンでは大抵のお店が営業しています。こうやって中断するお店もあるんですね。でも、「なんか、これならその(営業を中断する)意味もわかるよなぁ」なんて思うのでした。いやいや、これぞ正しいイスラム教徒の姿なのではないでしょうかね。

わかりにくいですが、下には沢山の人が鳥の丸焼きを求めにやって来ています。(上からこっそり隠し撮り(笑))


そして、僕らは2階の客席に案内されます。1階は何やら厳つい男達ばかり。僕らには宜しく無いと判断されたのか、僕らの存在が彼らには良く無いと判断されたのか、それはわかりませんが、僕らはファミリー用の特別席へ、と言う事の様です。全然英語が通じませんが、とにかくチキンを一人ずつハーフで、それとホンモスを付けてくれ、と言うと理解してくれた様です。待つ事数分、来ました来ました。まっぷたつにされた鳥さんの丸焼きです。ごめんよ鳥さん、とちょっと申し訳ない気分になりつつも、思い切って噛りつきます。美味い!いや、本当にこれが香ばしくて美味いんですよ。なるほど、アンマンの人達の間で評判になっていると言うのも頷けます。ふと下を見ると、表が現地の人達で一杯です。皆さんお昼に持ち帰りで鳥の丸焼きを買いに来ている様です。いやあ、本当に人気のお店なんですね。とにかく満足満足、腹一杯です。ごちそうさま!

つづく

これが鳥の丸焼きのハーフ。サスガに一匹丸ごとは食えません。

[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その4の1

4日目のお話。

本日はアンマン最終日。夜の飛行機でレバノンへ発ちます。
まあ、飛行機は夜8時半発なので空港へは6時半に入れば良く、渋滞なども考慮の上逆算して、アンマンの街を夕方5時に出れば十分に間に合う計算です。

と言う事で朝8時半頃、出がけにフロントの兄ちゃん(この日初めて会うかなりヨーロッパ調の顔をした若い兄ちゃん)に夕方5時にタクシーを呼んでもらう様に頼んでおきます。

本日はようやくアンマン最大の見所、アンマン城とローマ劇場をまわる事に。ネット環境が良く無いので、今回は短めに、その分写真中心でお送りしますよ。

実はどちらもホテルからはすぐの場所。距離にして直線で300mも離れていない。しかし、ローマ劇場はともかく、問題はアンマン城だ。アンマンの街全体を見渡せる様な高台にそびえる、その古代の遺跡ですから、またかなり頑張ってその崖下のホテルから登って行かなければならないのです。

しかも入り口はホテルとは逆斜面側。と言う事でホテル横の階段を上り、丘をぐるりと囲む登りの道をテクテクとひぃひぃ言いながら登って行きます。しかし、古代の人達は物凄いところに城を造ったものです。本当に感心してしまいます。30分程も歩いたでしょうか、程無くして頂上のアンマン城入り口に到着です。時刻は丁度9時。この日は休日の金曜日なので9時からのオープンです。(平日は8時)ばっちりですね。

アンマン城まで上る途中の景色





入場料の2JDを支払います。このチケットは中に併設されている、アンマン考古学博物館のチケットも兼ねてますので相当リーズナブルだと思います。それ以上の価値は間違いなくありますからね。入り口でガイドは必要か訊かれましたが、説明よりも目で確かめられれば十分と断りました。値段も少々お高め(たしか15JDくらいだったかと)ですし。ただ、他のガイドをつけた人達にちょこっとだけ紛れてしまったときに説明が聞こえましたが、とても丁寧に説明している様でしたので、付けてみるのも悪く無いと思います。昨年のペトラなどでは、ガイドさんのおかげでとても楽しい時間を過ごせましたしね。


ローマ劇場も見えます。






アンマン城の敷地を隈無く練り歩きます。とにかくこの丘の上からの眺めが素晴らしい。その遺跡と周りの山肌にびっしりと立ち並ぶ家々、それに空の色とのコントラストが本当に異世界を描いている様で、不思議な幻想に取り付かれた気分になります。また、とにかく起伏に富んだその形状とそれを構成する家々一つ一つに人々の生活の営みを感じて、街の暖かみまで同時にこの場所から知る事が出来るでしょう。アンマン、本当に素晴らしい街だと思いました。

つづく

昨日のワイルドジョルダンカフェも見えます。



[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その3の2

ネボ山。モーゼ終焉の地として有名なのだと言います。

これは行ってみなければ、という事でタクシーを捕まえ、ちょこっと交渉。しかし、オヤジ全く英語が出来ないようで。なんとかネボ山と、モーゼが水を湧き出させたというアインムーサを巡ってマダバまで戻って来る、という話を15JDでまとめる。(相場からするとどうも払い過ぎらしいが、まあいいでしょう。)

早速、ネボ山へ。ネボ山、やはりココにもモザイクが。しかしそれよりもその眺めが実に素晴らしい。死海からパレスチナを望み、遠くエルサレムまでを眺める。なんだよ、すごソコじゃないか。その雄大な景色にしばし心を奪われ、なんとも言えない充実した時間を過ごします。実はこの山、改修中の境界があるのですが、ガイドに寄ると2年前から工事中との事。「おいおい、いつ終わるんだよ」と心で突っ込みを入れつつ、まあそれも中東ならではかもなあ、などとユルい事を考えてしまったりするのです。


左に見えるのが死海、すぐ目の前がパレスチナ、その向こうがエルサレム。こんなに近くにいろいろな意味で遠い国を見られるとは。


次に向かうは、アインムーサ。ムーサはモーゼのアラビア語読み。アインは泉の意味らしい。つまり、モーゼに寄って湧き出た水という事らしい。ああ、日本にも弘法大師の力で水が出たって井戸とかがありますね。まあ、あれと似た様なものでしょうか。



と、舐めてかかっているととんでもない。途中、凄まじくワイルドなワインディングロードを通って、その雄大な自然の中にアインムーサはあります。ここでは数人のアラブ人の若者がバーベキューなどをやっていましたので、そういうスポットでもあるのでしょう。その湧き水が滴り落ちる場所のみ緑が茂り、確かに非常に神秘的な場所でした。ただし、周りに無造作に散らかされまくったゴミを除いては。うーむ。この辺りのモラルは世界中の人に共通の意識として持ってもらいたいものだと常々思うのですが、今回も然り、です。




でも、ここでもちょっとしたジョルダンの人達との交流がありました。

僕が写真を撮っていると、家族連れで遊びに来ていたお父さんが、僕の写真を取ってくれるという。「どこから来たんだい?コリアかい?」とオジさん。「日本だよ」と僕が言うと、家族の娘達が騒ぎだす。「わー、ヤバーニ(日本人)だー」って。コリアだと駄目でヤバーニなら騒ぐらしい。別に得意になる事でも無いが、こういうとき、ちょっとだけ自尊心をくすぐられる気がする僕は、はい、ただの小市民です。日本人って中東では本当に愛されていますよ。不思議ですね。

そして、また別のピクニックに来ていた男の子達の集団から一人、男の子がやって来て、僕に小さなカップを差し出し、「どうぞ」と言う。持参のアラビックコーヒーを振る舞ってくれるのだと言う。なんていい子たちなのだろう。写真を撮っていると、「僕を取ってよー」ってせがまれる。取ってあげると大喜び。帰り際にはおやつのチョコレートを持って来て、「どうぞ」だって。基本、前日のバカを除いてジョルダンの人達は大抵こんな感じです。本当に素朴で気さくで明るい人々。なんとも心が暖かくなる良い国です。



マダバに戻りタクシーの運ちゃんに別れを告げるとアンマン行きのバスを探し乗り込みます。今度は行きと違って小型のバス。料金もなぜか更に安く、一人40円くらい。このバスに揺られる事1時間強。渋滞のため多少時間はかかりましたが、アンマンへ到着、と思いきや、行きに乗った場所とは違うところに連れて行かれてしまう。なるほど、アンマン行きではあるものの、アンマンも広いですからね、若干路線が違ったらしい。それでもやはり皆さん親切で、バスの料金徴収のお兄さんも心配してくれ、帰りやすい降りる場所を教えてくれる。さらに後ろに座っていたお姉さんが、僕らの行き先を聞いて、乗り継ぎのバスまで連れて行ってくれると言う。何から何まで至れり尽くせりです。しかも乗り継ぎのバスを止めて、僕らの行き先までそのバスの運転手に告げてくれた模様。本当に感謝感謝です。

この乗り換えたバスは市内を走る路線バスらしく、次から次へ人が乗り降りしてかなり混雑し始めます。見ていると、おばさんやお年寄りには若者や子供は必ず席を譲ります。ああ、なんて素晴らしい光景なんざんしょ。なんて感動していると道路は混雑を極め全然動かなくなってしまいました。それでも我先にと無理矢理入ろうとする車を遮り、バスはオレが一番偉いんだと言わんばかりに強引に割り込み進みます。まあ、結局ダウンタウンのホテル近辺まで戻るのに更に40分程かかってしまいました。合わせてマダバから2時間程かかったって事ですね。でも楽しいバスの旅でした。

この時大体午後5時半ほど。でももうお腹ぺこぺこです。軽くホテルで休憩を取り、6時には夕食を取りに再度出陣。もう一度例の丘の上のオシャレ通り、レインボーストリートを目指します。ひいひい言いながら坂道と階段を登り切り、オシャレ通りを良さげな店を求めて徘徊します。いい感じのお店が沢山並ぶレインボー通り。ふと目に留まったのが、昨日も気になっていたアラブ料理のレストラン。もうココでいいやと直ぐに飛び込みます。広い店内ではヨーロッパあたりからと思わしき観光客などが沢山います。実に良い雰囲気。メニューもあまり馴染みの無い料理名が並んでいます。早速注文。内容はよくわからないので適当に目星を付けて頼んでみました。これが大正解。とにかくどれもやたらと美味い。




いやあ、サウジで食べるアラブ料理(多分レバノン料理だと思われる)とはなんでこんなに違うのって言うくらい日本人の口に合う味付け。もう大感動ですよ。あーあ、サウジに帰りたく無くなっちゃったなーオレ。こうなったらジョルダンに住み着いてやるもんねー。と愚痴の一つも言いたくなります。

東京でこの店を開いたら大反響間違い無しですよ。なんで東京でこの手のオシャレレバノン料理屋って無いのだろう?レストラン経営を考えているみなさ〜ん、ビジネスチャンスですよー。ぜひ東京でレバノン料理屋を開きましょう。もちろん、この店と同じクオリティと味付けで。お洒落イタリアンのお店の様に、間違いなく大繁盛すると思いますよ。

そんなこんなでこの店を出て、最後は軽くお茶でもして帰る事に。これまた前日軽く除いただけで通り過ぎたお洒落(いい加減しつこいか?)カフェ、ワイルド・ジョルダン・カフェへ。ここがまた素晴らしいの一言。崖からせり出したそのガラス張りの店内から、アンマンのダウンタウンの夜景を見下ろすその光景の奇麗な事と言ったら、アータ。もう本当に素晴らしいんですって。皆さん、ここも非常にお勧めですよ。デザートもお茶も大変美味しゅうございましたからね、ぜひ行ってみて下さいナ。



そうそう、前日、崖の下から眺めて、「なんてところに建っている家なんだ」と思って写真を撮った家がありましてね。(その2の1の写真をご覧下さい。)店に入って初めて気付いたんですが、実はこの店だったと言う。崖の上の入り口から見たときは全く気付かなかったんですけどね。まあ、そんなオチまでついて、三日目の夜も深けて行くのでございました。

[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その3の1

実は既にレバノン入りしておりますが、まずは話の流れ上アンマン三日目の記録をば。

この日は合流した仲間と相談の上、アンマン近郊の小さな町、マダバへ行ってみようと言う事に。

朝8時半に出発。マダバへはアンマンから大型の路線バスで一時間程。まずタクシーでホテルからバス乗り場へ移動。場所はフロントの兄ちゃんに聞きました。タクシーの料金は100円弱。そしてバスの料金は二人で150円程でしたので格安で移動、という事に。

一時間のバスの旅は中々面白い物でした。バス停でなくても手を挙げればバスは停まってくれますし、運転手に声をかければ好きなところで降ろしてくれます。路線上なら格安のタクシーに早変わり。実に便利で素晴らしい乗り物ですが、その為やたらと停車するので時間はかかります。しかも、我先にと走る車に、車道はサウジ以上の混沌とした状態。追突されそうで危なくて仕方ない。

そういえば、道中で5台の車の玉突き衝突事故を見かけました。後ろの2台はフロントがクッチャクチャに。まあ、中東は、「車間なんて取ったら負け」と言わんばかりの運転が当たり前の地域ですから、一人が急ブレーキをかければ多重衝突は当然の結果と言わざるを得ません。100km/h以上で走行してても車間は1メートルなんてのは当たり前の土地柄ですからね。

荒涼としつつも、サウジに比べてどこか暖かみを感じる、のどかな風景を眺め、バスに揺られる事一時間あまり。モザイクの遺跡の町、マダバに到着します。まずは自らの位置を確認するため、ガイドに載っている観光案内所を探します。遠くに見える巨大なモスクを頼りに歩く事10分あまり、なんとか案内所を発見。そこから近場の遺跡を巡って行く事に。

まず最初は、聖処女教会へ。マダバで最初にモザイクの遺跡が発見された場所らしいです。ここ、お隣がモザイクの学校になっています。本物の遺跡を見ながらモザイク制作のお勉強。いいですね、素晴らしい環境です。





この後巡った、聖ジョージ教会、殉教者教会、マダバ博物館、12使徒教会、全て床面のモザイクが見所です。しかし、イスラム圏の中東の地で、これだけキリスト教の遺跡が色濃く残っているというのも不思議な感じがします。また、聖ジョージ教会内に所狭しと並べられたキリストの宗教画はどことなく中東の色が強く、キリスト教とはこの地からたかだか50km程しか離れていない、エルサレムを聖地として生まれた宗教なのだ、という事を強く感じます。





この後訪れた、モーゼの伝説を今に残すネボ山でも感じましたが、ここはまさにイスラムとキリスト教の入り交じる境界線上の地なのだという事。なぜ、この地の人々の反感を買ってまでもユダヤの人々がイスラエルの建国を願ったか、僕には長い間、疑問で仕方が無かった事なのですが、その意味をほんの少しは理解出来た様な気がします。そう、ここは確かに彼らの心の故郷なのだと、まさしく約束の地なのだと、この地を訪れ、肌で感じる事が出来るのです。(本当にキリスト教って、中東で生まれたイスラム教とは兄弟の様な間柄なのだと、実際に感じる事が出来ると言う、そういう事です。)でも、だからといって、自分勝手に「ここは自分たちのものだー」って暴力でぶんどる様な真似を容認する、と言う事ではありませんからね。





聖処女教会、殉教者教会、聖ジョージ教会を巡って、休憩かねての昼食タイム。殉教者教会の並びがお土産屋や休憩どころの通りとなっています。休めれば何でも良かったのでカフェでハンバーガーを食します。なんともユルーい時間の流れるカフェ。この素朴で緩やかな時間の流れは、詰め込めるだけ詰め込んで毎日を過ごす日本人にはなんとも言えない癒しのひと時となる事は間違いないでしょう。ただし、彼ら、車の運転となると、「これでもか」とセカセカし始めるんですけどネ。不思議ですね。




昼食を終えると次はマダバ博物館と12使徒教会。これらをこなせば、マダバの町でのイベントは完了です。博物館もやっぱり発見されたモザイクが残る遺跡をそのまま利用していました。もちろんそれ以外にもベドウィンの風俗や発掘された遺物などが展示されています。案内してくれたオジさんも非常に丁寧でなかなか勉強になったひとときでした。

そして最後は町の外れにある12使徒教会へ。ここでは押し付けがましく写真を撮れと言ってくる受付のオヤジが。案の定、帰り際チップをせがまれる。まあ100円程度なんでいいのですがね、博物館のオジさんは言われなくてもチップをあげたいと思わせてくれたけどね、あんたのはあまりにあざとくてねぇ、まあいいんですが。

という事で、マダバの町は終了。次は前述の近郊にあるネボ山へ。

つづく

[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その2の2

その事件は不意に起こりました。気分良く鼻歌まじりで歩いていると、不意にすれ違ったニヤケ面のバカモノ、いや若者が突然とんでもない事を私に向かって口走りやがったのです。「ファッ○ユー」瞬時にそいつが何を言ったのか頭よりも体が反応し、瞬間的に頭に血が上るのを感じました。そして振り向き様に「What?!!!」という言葉がつい口から漏れます。

同時に振り向くバカモノ。あのニヤついたヘラヘラヅラ。歳の頃18、9ってところでしょうか。まあ、どこの国にもいるトンがったアホ面の若造です。

こちらは間もなく40を迎えるおっさん。イキがって売られた喧嘩を買ったところで、若者相手に結果は見えちゃってますから、「こんなところで怪我なんかしたく無いし」なんて、情けなくも頭をよぎり一瞬で冷静になりました。そして何事も無かったかの様にまた歩き出します。でも内心、苛立ってどうしようもないワケですよ。「こっちは大人なんだから」なんてのは言い訳で、まあ僕はバカにされて、それに屈した訳ですよ。どっかのお笑いタレントじゃないですが、「悔しいですっ!!!」ですねぇ。

でも、欧米人でなくても「ファッ○ユー」って言われると本当に頭にくるものなんですねぇ。そして「What?!!!」って。(笑)「欧米かっ!」思い出すと笑ってしまいます。いやあ、貴重な経験だったかもしれませんね。



そして更に進む事数分、そろそろレインボー通りも終点近く。時間も2時頃と休憩どきかな、と、目に留まったカフェで一休み兼、軽く昼食と洒落込みます。でも、まだ先ほどのダメージを微妙に引きずっていてイラつきは納まっていませんでした。

取りあえず表のオープンテラスに席を陣取り、ダイエットコーラとチキンファジタラップを頼みます。「うん、なかなか美味い。」という事で、味も雰囲気も悪く無い店でした。しかし、まだ微妙に腹の虫が納まらない。メシを食いながらイライラしていると、奥の席でくっちゃべっていた女子高生くらいの女の子達にいつの間にか囲まれていました。

ギョットして見上げると女の子の一人がニコやかに話しかけてきます。「お一人ですか?」「はぁ」と僕。「どちらからいらしたんですか?」「えーっと日本だけど。」先ほどのバカモノとは比べ物にならない様な丁寧な言葉で話しかけてきます。

「こちらには、お仕事ですか?バケーションですか?」「えーっと、ただのバケーションだよ。」

我ながらなんてつまらない返答なのでしょう。こういうとき、もっと気の利いた事を言える様にならなければなあ、と後になっていつも反省してしまいます。

更に彼女達が続けます。「実はお願いがありましてー」僕、「???」
「私たち、日本にすっごく興味がありましてぇ」女子高生言葉に自動脳内補完され、
「で、私たちと一緒に写真に納まって欲しいんですぅ」と、きた!!!

「ん?え、あ、ああ、いいけどぉ…」こういう状況になれていない僕は、ついついしどろもどろになってしまうワケです。彼女達はカメラを店員に渡し、しばし一緒に撮影会。

「ありがとうございましたー!!」去っていく彼女達。しまった、僕のカメラでも撮影してもらえば良かった、と気付き、慌てて声をかけようとするもドンドン去っていってしまう彼女達。ああー待ってーって心で叫んでみるものの、もう遅い。うーむ、ちょっと残念。でも、アイドルにでもなったかの様な気分で、先ほどの嫌な気分なんてすっかり吹っ飛んでいってしまいました。はい、男なんて簡単なものです。

まあ、そんなこんなで店を出て、「これからどうしようかな〜」なんて、改めて鼻歌まじりで来た道を戻ります。本日夕方からは、仕事の仲間と一時的に合流して、明日は1日アンマン近辺の街を一緒にまわりましょう、なんて約束をしていたんですね。(その後、僕はレバノンへ。)という事で、ちょっと早いですがホテルへ戻り一休み。

すると思っていたよりも早く、その仕事の仲間から到着の連絡が入りました。と、言う事で夕方からは、その仕事の仲間にアンマンの街を案内しましょうと、得意顔でもう一度本日歩いた道を繰り返す事に。「ふふふ、僕はアンマンのダウンタウンと、その上のオシャレエリアの達人なのだよ」と言わんばかりに案内をします。で、昼間に気になっていたカフェ、ブックスアットカフェで一休み。ここ、美術の洋書などが沢山並ぶオシャレなカフェで、周りはカップルだらけ。おのおのビールを飲んだり、シーシャ(水タバコ)をしたりして楽しんでいます。まあ、僕はアルコール入れたらもう歩けなくなりそうだったので、無難にカプチーノで体を温めます。何と言っても、夜になると冷え込みますので。歩きづくしで、動いている間は体はあったかいのですが、立ち止まると汗で冷えて冷えて。風邪引かない様に気をつけなければね。





同じ場所でも昼と夜とではまた全然趣が違い、街の二つの顔を見る事が出来て、ここは本当に楽しい街です。


シャワルママって可愛い名前のファーストフードですね。

さらにレインボー通りから昼間は行かなかったエリアへ降りて、途中、夕食をとります。今度は庶民的なアラブ料理のお店。ちょっとした屋台の様な大衆食堂です。注文を聞きに来たおっちゃんは、いきなり「ホンモス(ひよこ豆のペースト)とホブス(アラブのパン)でいいんだろ?」と、メニューも渡さずに勝手に決めて行っちゃいます。「ええー」っと思いましたが、英語のメニューも無く、それがメインの様なので、まあいいかと特に文句も言わず、おとなしく従いました。(実際、他に大したメニューも無い模様)



「うん、美味い」まあ、サウジでも散々食べなれたものではあるのですが、素朴で美味しいです。しかも間違いなくヘルシーで体にも良いはず。しかも激安、約150円也。満足して店を出て、ちょっと気になっていた、滞在中のホテルの向かいの怪しいカフェにチャレンジして、ホテルへ戻って1日終了、と、そんなところです。

え?その怪しいカフェはどうだったかって?まんま怪しいカフェで面白かったですよ。えーっと、4階建てのビルの屋上のボロボロのテラスでトルココーヒーが出て参りました。まあ、それだけ。いやあ、なかなか奥の深いところですね、アンマンって。



[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その2の1

はい、二日目のお話でございます。

前日ちんたらと深夜まで起きていた事もあって午前9時起床、10分後には朝食をとりにホテル最上階のテラスへ向かいます。朝食はパン、卵焼き、サラダ、コーヒーと実にシンプル。でも普段朝食なんて取らない私ですし宿泊料金を考えれば十分です。(一泊朝食付きで約2千円!)



10時に部屋へ戻るも、眠さでウダウダとしているうちに11時半に。これはイカンと慌てて出発。本日はとにかくホテル周辺を散策してみる事にしました。

このホテル、安宿ながらダウンタウンのど真ん中、アンマン最大の見所であるアンマン城とローマ劇場の遺跡のすぐ近くにあります。ダウンタウンというとビジネス街で、近代的なビルが建ち並ぶ様なエリアを想像するものなのですが、このアンマンのダウンタウンは文字通り日本語直訳の下町のイメージそのまま。遺跡に囲まれた御徒町、もしくは韓国ソウルの南大門市場と言った趣のところです。

どうやら、このダウンタウンのある東側のエリアが古い市街地で、まだ見ぬ西側が最新のビルや高級ホテルなどが立ち並ぶ新しい街となっているらしいのです。なるほど、地図を見ると東側にはヒルトンにフォーシーズンズ、スターバックスやバーガーキングなどの文字が並び、我がホテルの周りの東側エリアには庶民のためのスーク(市場)や遺跡が集まっているのがわかります。




昨日、アンマンにはジャージ屋とスニーカー屋ばかりだと書きましたが、それもそのはず、我が宿がある辺りは衣料品屋の立ち並ぶエリアで、その先は食料品屋のエリアとなっていました。そう、まさにアメ横のあのイメージそのもの、と、そういう事なのでございました。

そのアメ横、四方を小高い丘に囲まれた盆地の様な中にある様です。さらにこのアメ横が周りをぐるりと取り囲む小高い丘の上にジャバル・アンマンと呼ばれるオシャレ通りと古い高級住宅地がある事もガイドと地図から読み取れます。

本日のターゲットはここ。アメ横を徘徊した後、この小高い丘に登り、オシャレスポットをのんびりと歩いて廻る、と、こう洒落込んだワケでございますね。

11時半にホテルを出発。アメ横状のダウンタウンを人ごみをかき分け練り歩く事30分程。街の状況は十分わかったので、次は本日のメインターゲット、丘の上のオシャレ通り、レインボーストリートを目指します。しかし、とにかく上り坂がきつい。空気は澄んで涼しいものの昼間のアンマンの日差しは強烈で、夕べの冷え込みが嘘の様に暑い。汗かきまくりでヒーヒー、フーフー言いながらとにかく登る。必死に丘をよじ登る事30分程、ようやく丘の上に到着。確かに坂を登り、長い階段状の通路を超えていく度に、周りの家の雰囲気が変わっていき、若干セレブな香りを醸し出し始めます。




レインボーストリートの始点より進む事数分。オシャレな感じのカフェが姿を現し始めます。なるほど、確かにオシャレスポットですね、ココ。オシャレカフェにコジャレタ書店、アンティークショップ、アイスクリーム屋にドーナッツ屋、なるほどね。徐々に気分も高揚し始め足取りも軽やかに。「いやあ、確かにココ、良いところだなあ。」ちょっとメイン通りを外れて内側に入ると、作りは古いが広くて素敵な石造りの住宅が立ち並んでいます。真面目に「ここになら住んでもいいかもナー」なんて考え始めてしまいます。




レインボー通りを進む事10分程。大体中間地点辺りの見晴し台あたりにはいくつかの学校がある様で、小学生くらいの子供達が帰宅のためにワラワラいました。また、白人風な子供ばかりを乗せたスクールバスも通り過ぎます。アメリカンスクールらしきものでもきっとあるのでしょうね。更に行くとガールズスクールの看板を掲げた建物から小さな女の子達がゾロゾロ出てきます。なるほど女子小学校って事ですね。イスラムならでは?でしょうか。雰囲気としては世田谷の上野毛から二子玉辺りの高級住宅地や目黒通りを挟んだ自由が丘から八雲、柿の木坂辺り、それに中目黒の目黒川を挟んだカフェが建ち並ぶ辺りの雰囲気を思い出しました。(昔住んでた辺りからの記憶より。もっとぴったりなところがあるかもしれませんが他に知らないのであしからず。)本当に良い町並みで、「本気で住みつこうかなあ」なんてアホな事を考えてしまいます。

いや、次の事件が起こるまでは。

つづく





[番外編] ジョルダン アンド レバノンの旅 その1

I'm at the Arab Tower hotel in Amman city in Jordan now. という事で、ワタクシ只今、ジョルダンは首都のアンマンにおります。

本日よりハッジ(巡礼)休暇。私どもの職場は11連休でございます。日本の様にこまめに祝日の無いサウジでは、春休み、ラマダン、ハッジでドカンとまとめて休みを取るのが普通の様で、普段全く祝日が無い代わりに「長めの正月休みとゴールデンウィークとお盆がある」と、そんな感じですね。(実際、イスラム世界ではハッジが終わったあと直ぐに年明けとなりますから、年末のお休みって感じなんでしょうね。)

で、本日から一人で旅に出てきている訳ですが、まあ、出発の直前まで仕事の打ち合わせをしていたりと言う事で、昨日までは連休である事や旅行に出る事に対して、全くピンとこないまま前夜を迎えたりしていたのですが、昨晩、慌てて荷造りなどをしていたら、徐々に旅行気分も高まって参りまして、「やったーお休みだぁ〜!!!」と一人でワクワクしてきていたりして、でもまあ、そのあとの出掛けのミーティングで旅行気分を見事に削がれちゃったりしてですね、そんなこんなで、やっとこヨルダンまでやって来たと、そういう事でして。

はい、という事で本日はヨルダン入りしただけなんです。

コンパウンドを夕方4時半にでて、5時に空港入り。空港までタクシーで30分で行けるってのは本当に便利。行くのもグッタリ、帰るのもグッタリの成田空港なんて死んでしまえ。

しかし、リヤド空港はいつにも増して激混みの様相。大荷物のインドのおっちゃん達がこれでもかって押し掛けて来ています。「ああ、連休なんだなあ」などと思わざるを得ないのですが、しかし彼ら、これでもかと並んでいる列の後ろで我先にと前に詰め寄って来て、ぎゅうぎゅうに押してきやがります。「おしくらまんじゅうしてんじゃねえんだ、押したって引いたって、順番も時間も変わらねえ。おとなしく待ってろっつーの。全く。」我先にと押し掛けて渋滞になるリヤドの交差点と全く同じ図式。しかも、職員も全然交通整備しやがらない。もっとなんとかならないものなのかねぇ。やれやれ。

で、なんとかチェックインを済ましターミナルへ。6時55分フライトの予定が多少遅れるとの表示。結局30分遅れの7時30分頃に飛び立ちます。2時間弱のフライト、現地時間8時15分に到着。サウジとは1時間の時差で1時間得した気分。飛行機はやっぱり完全な満席でした。その殆どが家族連れ。子供の騒ぎ声や赤ん坊の泣き声がそこら中でしています。お母さん方は大変そう。でもねー、隣のちびっ子がやたらと可愛らしい。こっちの子供は本当にみんな可愛いんだよなぁ。そして必ず、僕の顔をジーッと見る。いや、ジーッと見るのは大人達も一緒か。「そんなにオレの顔が珍しいか!」と言いたくもなるが、まあ実際珍しいんでしょうね(笑)。飛行機中見回しても一人旅なんてのは僕くらいなものの様でした。やっぱりハッジだなあ。

1年ぶりのアンマン空港は以前と全く変わりなく。「そうそう、こんなだったなあ」などとちょっと感慨に耽りながらイミグレ通過。日本人は特にビザも必要ない様でサラッと通れました。他の外国人は「あっちでビザを買って」なんて言われていたのでちょっと得した気分。

空港を出ると直ぐにジョルダンディナール、ジェイディー(JD)を調達。日本円で3万円程ATMでおろします。で直ぐにもタクシーを拾ってアンマン市街へ。アンマン空港。実は結構街から離れている。タクシーのウンちゃんの飛ばす事飛ばす事。ずーっと100km/hを維持してるんだけど、途中いくつもあるスピード防止も兼ねた盛り上がった横断歩道の手前だけ80km/hに落とすわけです。で、その度に車が飛び上がって空中浮遊気分を味わえると、こういう趣向でしてね。

で、飛ばす事約40分程。アンマンの街に到着です。料金は25ジェイディー(JD)約2800円。この物価の安いこの国でこれはちょっと高いね!でも正規の料金の様なんで仕方ない。なんですが、30払ったら釣りをよこさず、「サンキュー」だって。まあ到着して早々怒鳴る気にもなれず、チップってことでいいや、とそのままで別れる。運転手のおっちゃん、ガイドもしてくれたし、ホテルにも電話して場所を聞いたりしてくれたし(運転手として当たり前の仕事なんだけどね)まあいいや、とね。いやあ日本人だなあ、オレ。今頃ちょっと反省。

目指すはアラブ・タワーホテル。繁華街のど真ん中にあるナイスなホテルです。ここのシングルルームは一泊約2000円也。激安。でも、朝飯付きだし部屋もまぁまぁでしたよ。味も素っ気もない部屋だけど奇麗に掃除されてます。トイレもシャワーもついてるしね。一人で寝泊まりするには十分。でも若干トイレから臭ってくるカホリが…。これはたまたまこの部屋が外れだったのかもしれないけどね。でも、部屋も静かで、従業員の兄ちゃん達もフレンドリーでいい感じです。無線LANも完備、ネットは無料。やるじゃん。さて、明日の朝飯はどんなカナ。屋上で朝食らしいよ。見晴らしも良いし、楽しみダネ。

その屋上。確かに眺めは良い。

ホテルに到着したのが午後9時過ぎ。チェックインしようと受付の兄ちゃんと話すと、30分だけ待って欲しいとの事。ちょっとトラブルがあって、別の部屋を用意しているのだとか。夜9時に到着して部屋の準備ができていないとは、いやはや、流石はアラブのホテルです。でもまあ30分なんて、ちょいと街を歩いていればすぐに過ぎちゃうしね、いいでしょう。という事でブラブラと夜の街を散策です。アンマンの街、なんかジャージとスニーカーの店ばかり(笑)。所々にジューススタンドがあります。「お、あれは、エジプトで飲み損ねたサトウキビジュースではないか」という事で早速トライ。

ところが財布の中身は50JDの一番でっかい札しか入っていない。「ごめん、これしかないんだけどオツリあるかな?」とおそるおそるジューススタンドの兄ちゃんに聞いてみると、兄ちゃん困った顔して、「うーん、わかった、なんとかしてみるよ」と受け取り、手伝いの男の子にその50JD札を渡す。「一杯ハーフディナールなんだよ」と兄ちゃん。まあ、言ってみれば50円のジュースに5千円札渡した様なもんですな。しかもここの物価を考えると5万円札くらいの感覚かも。ゴメンよ。兄ちゃん。その渡された子供はお札を握るとどこかへ行ってしまいました。「あれ、大丈夫かな?」とちょっと疑心暗鬼になったのは内緒です。

変な機械に、ブットイ枯れた竹の様なサトウキビの幹が吸い込まれていき、その液が下から出てきます。あっという間に紙コップがいっぱいになり、早速、味見。「うーん、微妙」砂糖だけあって非常に甘い。自然の甘さとは思えない程甘い。しかし青臭い。甘ーい草の汁を飲んでいるという感じ。でもこのジュース、良く売れている模様。通りかかる人、皆買っていきます。人気あるんだねえ。

そうこうしていると、先ほどの男の子が戻って来て、「大きすぎて両替出来なかったよー」と告げられる。「ガーン」。

「ゴメンよぉ、明日お金持ってくるよ。」と告げると、兄さん、仕方ないと諦め顔で「いいよ、いいよ」という表情。

その後フラフラと街をうろつきホテルへ帰還。するとフロントの兄さん、「後3分待ってくれないか」とのこと。「でた、必殺の3分!」。はい、このアラブの国々では3分は10分と思った方がいいでしょう。案の定、10分して部屋へ通されましたよ。やっぱりね。ボーイの兄さんはエジプト人らしい。全く英語が話せなかったが、自分を指さして「エジプト、エジプト」そして僕を指差す。お前は何人か?と聞きたいらしい。「日本人だよ」と言うと嬉しそうに「ウェールカーム」と言ってくれる。こういう何気ないやり取りが楽しいので旅はやめられませんね。

部屋に入り軽く一息つくと、思い出した様にフロントの兄さんのところへ行き、お金を崩してもらう。そして1JDを握りしめて先ほどのジュース屋へ。「ごめんよー、お金崩して持って来たよー」と、先ほどの男の子に告げると、大騒ぎして「わぁー、あなた、凄い良い人!!!、見てみてみんな、お金持って来てくれたよー!!!」だって。店員さん一同、皆ビックリしてこれまた大騒ぎ。皆の凄く嬉しそうな笑顔が印象的。ちょっと恐縮しながらもこちらもまんざらでもない。なんか当たり前の事しただけなのに凄くいい気分。また買いにいこうっと。帰り際、アラビヤ語だったのでよくわかりませんでしたが、兄さんが、「アラブ人でそんな奴はまずいないよ」(って事だと思う)ってこっそり囁いたのも印象的でした。楽しいなあ、旅って。

さあて、明日はどこへ行こうかな。

おやすみなさぁ〜い。

深夜0時のアンマンの街をホテルの屋上のテラスから望む。首都とは言え、素朴な感じの街ですね。エジプトの街にちょっと似てるかな。